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【開催レポート】

第2回 Kochi Dialogue Bar

2017年8月31日、高知県産学官民連携センターで第2回Kochi Dialogue Barが開催されました。

今回はそちらの様子をご紹介させていただきます!

Kochi Dialogue Barとは?

Kochi Dialogue Barは、一人ひとりが、今関心のあること、課題と認識していること、気になっていることをオープンに語り、参加者がそれぞれの経験から相互に学び合う、協働的学びを体感できる場として月に1回ペースで行われる完全招待制の実践共同体(community of practice)です。

地域には数多くの複雑で多様な課題があり、そこで活動する組織にも内在する課題があります。こうした中で求められているのは、いわゆる「動的なパートナーシップ」によって課題解決に向けて協働的に学び合うコミュニティをいかに創り出すかだと考えられます。
つまり、問題に直面する一人ひとりがそれぞれの専門性を高め合うことが重要となっているのであって、そのためにはいわゆる「バウンダリー・オブジェクト」と呼ばれる存在が重要だといえます。

そして、これからの地域では、既存の分野や地域、学問領域を超えて、異なる領域の間に新たな関係性を見つけ、領域の際を越えて行動できる人材が必要となっているのだと理解できます。

Kochi Dialogue Barでは、こうした考えに基づき、

1) 何かしらの興味関心をもつ個人たちが
2) 自らの自発的意志によって参加するオープンな学びの機会として
3) 同じ志をもつ仲間のサポートを得ながら
4) 新たな価値を創造を目指し
5) 結果として、当人の能力形成・キャリア形成、そして、地域や組織の発展に向けた学習の場


を目指して開催されています。

そのため、いわゆる勉強会やセミナーの様に、「誰かから学ぶ」「事例から学ぶ」「理論から学ぶ」といった場ではありません。また、「ただ対話をする場」でもありません。

Kochi Dialogue Barでは、「べき論」をベースとした理想論や評論家として議論ではなく、徹底して実践に向けた対話ができる方と一緒に素敵な場を創造することを目指しています。

第2回Kochi Dialogue Bar開催!

さて、2017年7月から月に1回ペースで開講されているKochi Dialogue Barですが、第2回目は8月31日に高知県産学官民連携センターにて、開催されました!

チェックイン

まずは、本会の主宰である、高知大学地域協働学部講師須藤から本会の趣旨や場のルール等について説明がありました。

キーノート

第2回目の話題提供として、高知県立大学4年生佐野聖奈から「留学中に感じたこと」について話がありました。

「留学中に感じたこと」内容

大学の交換留学制度を利用し、2016年9月より約1年間、台湾の文藻外語大学に留学した。外語大学ということもあり、学生の言語能力は非常に長けていた。英語が流暢に話せることはもちろん、卒業する頃には専攻している外国語も流暢に話せるようになっている。トリリンガルである学生が非常に多いと感じたことだった。

日本で英語専攻でありながら日常会話もままならない学生がいる中、なぜ台湾の英語専攻ではない学生までもがこれほどまで英語が話せるようになるのか疑問に思った。

私が授業を受ける中で、日本と台湾の英語教育の違いについて気づいたことは以下の5点である。

1. 台湾では小学3年生から外国語科目が必修化されている。(地域によっては小学1年生から必修科目になっている。)

→現在、日本は小学5年生から外国語科目が必修化されているが、台湾の方が英語教育に早くから力を入れていることが分かる。

2. 台湾では英語科の小中一貫教育が行われている。

3. 文法を説明する際には母語である中国語を用いることもあるが、英語のみを用いて行う授業も多い。

4. 日本と比べると、英語のみのディスカッションやプレゼンテーションを課す授業が多い。

5. アウトプットの授業で、文法が少し間違っていても大丈夫であるという、話しやすい環境がある。

私が受けてきた英語教育ではインプットの授業が多く、アウトプットの授業は少なかった。アウトプットの授業のみが英語が話せて使える生徒、学生を育てるために必要ではないが、インプットの授業と同じ程度にアウトプットの授業も必要ではないかと思う。

日本の外国語教育において、どのような授業を行えば、生徒、学生に使える言語能力が身にくのか。この問題について意見をもらいたい。

キーノートを受けて、英語教育だけでなく、今の日本の教育の現状、またこれからの時代にはどのような教育は必要とされているのかという疑問が浮かび上がりました。

【日本の英語教育について】

・日本における高等学校での英語教育は、日常で使える英語の教育をされていない。

⇔台湾で行われる英語のみの授業で単語のシャワーを浴びる教育は理にかなっている

・クラス内で“失敗しても大丈夫”という空気感がないことが英語が定着しないことに繋がっている。

⇒積極的に話せる場づくりをし、話せないもどかしさを知ることが大切

⇒会話からではなく、文化を知ることから突破口にすることもできる

・自分について見返す手段として英語を扱うなら有効だか、ただスキルとして使うのであればITが取って代われる時代に突入している

・日本の教育では“目的を持って学ぶ”とこを学んでいないため、まずはこれを強化することが先決なのではないか

(ex.現場でなんちゃって英語を話せる人は自分で対応する“目的”があるため、英語でコミュニケーションをとることができる)

【日本の教育について】

・“目的を持って学ぶ”という意思がなく、ツールとしての言語を学ぶことは意味がない

⇔一方で、言語を技術(ツール)として学んで、職人のように極める世界もある

・古くから根付いたインプット教育により、好きなことを限界まで学ぶことを許容されていない。

・どこにいても誰もが教えることができるようにしたことが、本質を欠いている。

・アベレージが求められる社会により、型をやりたい子も、好きなことをやりたい子も中途半端になっている。

⇒目的志向を持たせる。

⇒好きなことから派生させて学ばせ、そこから様々なことに繋げ、学びを得る。

⇒子供のころに合わないと思うものを捨てる作業をする必要がある。

⇒自分の優劣を見定めることが大切。

⇒子どもが興味を見っていることを引き出せる大人が必要になる。

・「目的」と「型」のバランスを意識しすぎて、平均主義の結果としてどちらも中途半端になっているのではないか

⇒「目的」と「型」のバランスは、“学校内で完結”できるものではないのではないか

⇒学校に依存することでサービス化していってしまう

・“やりたいこと”を軸にできていた教育が、スケールしていく中で失われている。

⇒始めに目的を持たせず、やりたいことから地域を知り、人を知っていく。

・教育の場で「放任」と「覚悟」が必要とされている

⇒子どもたちは自分自身で学んでいくため、自分自身で切り開かないと学びはないということを知る作業が必要。

・もはや今の時代は、学んだことと職は関係なく、今まで“何を思って”学んできたのかが問われる時代へ変貌している。

【教育の在り方とは】

・好きなものを学ぶことを推奨する一方で、学び方を学んでいない。

・まずは自分が心から熱中できるものを見つけ、そこから必要なスキルを肉付けしていくことが大切。

・生き方を諭す、目的の持ち方を教えていくことが必要になる。

参加者の声

イベント後の声として、

「普段言語化しないことを他の人が言語化してくれるので、とても参考になった。」

「語彙の多さや饒舌さも大事だが、伝わらないと意味がない。」

「小学生から社会人までが、いくつかのコミュニティに参加したくなるような仕組みがあればいいな思った。」

といった声がありました。

英語教育にとどまらず、日本の教育観から、伝える難しさに至るまで、多岐にわたる議論がなされ、次回の開催も期待されています。

以上が、今回の開催レポートとなります。

次回は2017年9月27日にコ・ワーキングスペースOUCHIにて、Kochi Dialogue Bar Vol.3を予定しております。

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